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2017年09月 アーカイブ

2017年09月02日

引越しの夢

先週の春風亭正太郎さんの独演会で最初に演じられた

のが「引越しの夢」。上方では「口入屋」

この噺、好きな演目の一つで一度はやってみたい噺です。

正太郎さんはなんとこの噺15分くらいでやっていました。

この編集の仕方に驚きましたね。

上方の「口入屋」。米朝師匠の音ではマクラ入れて約40分。

ネタだけでも十分30分は超えます。

この噺を場面で区切ると

①口入屋でのやりとり→そこに布屋の丁稚が入ってきて
美人のおなごし(女中)の要求があります。
そして、美人のおなごしさんを連れて家にもどる

②布屋での丁稚と番頭とのやりとりの後、
番頭が女中と面接する。(いわゆるどがちゃが、どがちゃが)

③御寮さんと女中との面談のシーン

④番頭の所に丁稚が報告にいき、番頭が店を早じまいにする

⑤寝床での男奉公人のやりとり

⑥夜這いに行くシーン
でしょうか。

なにが違うのか江戸の「引越しの夢」志ん朝師匠の映像を見ると

(おそらくTBSの落語研究会か?)マクラ入れて27分。

ネタだけでもおおよそ23、4分ですかね。

②からスタートしますが、③の場面で上方落語のような

女中の技量を披露する所はないですね。

軽めに④へ、そして⑤、⑥と行きますが

⑥の夜這いに行く所の描写が興味深い。

上方の場合、確か階段を上って女中のいる2階に行こうとして

2階から蓋をされて行けない→膳棚(江戸では吊戸棚という言い方)

を使って木戸棚に上り2階へ侵入する。

ここを上方では地の喋りで説明をするのです。

ところが、志ん朝師匠は、番頭の一人喋り。

扉が開かないのでへっついさんに足を掛けて

吊り棚を使って2階へ登ろうとします。

その描写が暗闇の中で眼をならしていく様子を割とゆっくりと

一人喋りで表現する。

そして、最後の膳棚(吊り戸棚)を抱えるシーンですが、

志ん朝師匠の映像には井戸にはまる人は出ず、

番頭ときゅうしち2名しか出てきません。

同じ噺なのに15分から35分との違い。

15分でもしっかり噺のエッセンスを伝える正太郎さん

やはりプロは違いますね。

私もようやく編集の方法で時間を調整する事を

考え出しましたが、これなかなか難しいですね。

これは編集とは違いますが、サゲ。

志ん朝師匠は御寮さんが出てきて

「番頭さんなにをしているのかい?」

番頭「夢を見ていました」

御寮さん「なんの夢をみていたのかい?」

番頭「引越しの夢を見ていました」

へーいきなり「引越しの夢を見ていました」ではないのか。

志ん朝師匠の解釈があるのでしょうね。

2017年09月09日

予感

今週初め、ビックニュースが入ってきました。

桂きん枝師が「小文枝」を襲名するとのこと。

そう言えば「小文枝」という名は空いていたのかと思った次第ですが、

先代文枝師匠は永らく「小文枝」であったので、

先代のイメージが強いですが、新しい「小文枝」像を創って

いただきたいところです。

桂きん枝師を私が最初に高座で見たのが昭和60年くらい

だったと記憶しています。

お若い頃色々あって、謹慎開けで名前も「勝枝」とかに変えて、

これから心機一転頑張りますとか

当時おっしゃっていたような気がします。

これで、文枝一門では次は文珍師でしょうか?

襲名するタイミングは色々あるでしょうが、

印象に残っているのがざこば師匠ですね。

昭和63年にそれまでの朝丸からの襲名。

テレビやラジオなど多数出演されており、なんで

変えるのかと私も疑問に思ったもんです。

ただ、米朝師匠もそれなりのお考えがあったの

でしょう。

この襲名の発表から襲名披露までの間、

朝丸師の出演する落語会は当時結構行きましたが、

見る度に皮がむけて新しい落語家になって行くのを肌で感じて

襲名披露の独演会はすでに「ざこば」像が

できていました。

落語家というのは名が変わるというのは、こういう事なのか

と当時は感じたのです。


今年は、笑福亭松喬師の襲名、来年は4代目桂春団治。

続々とビックネームの襲名が続きます。

また、朝丸からざこばのように進化していく噺家さんの襲名が

見たいものです。

そして、そろそろ・・・来年あたり何かあるかも。


2017年09月24日

商店街寄席

今回も多くのお客さんに来ていただきました。

しかも、新しいお客様に来ていただけていてありがたいことです。

私たちもがんばらないと。

さて、今回の番組は以下のとおりです。


牛ほめ ・勘 右

かぼちゃ屋 ・とまと

天狗裁き ・勘 栄

中入り

踊り ・すず柑

浜野矩随 ・ 勘 楽


中入り後の二人は圧巻でしたな。踊りはホークスの応援歌が入り

空気が変わって盛り上がりました。

「浜野 矩随」。プロの方で聴いた事がなく詳細はわからないのですが、

以前と比べてカラっとした雰囲気になった気がします。

母親が死ぬ、死なないの演出だけでなく

肩の力の抜けたいい噺になって非常に良かったですね。

さて、トップの勘右ですが、

私が思うに頭の入れ替えができていないまま舞台に上がった

印象ですね。

サラリーマンで仕事をしながらこういう活動をしていると

仕事で使う脳と落語で使う脳の場所が違うんですね。

その切り替えが上手くいくといいのですが、

いかないまま舞台に立つと仕事中の顔

が覗いてしまいます。

いわゆる「素」の状態ですね。

お客さんからしてみれば、「素人」が覚えている事を

喋っているように見えてしまう。

ある意味しかたないところですが、克服するには

場の数の経験とネタ繰りしかないでしょうね。

とまとも同じような所が見えていました。

彼女の場合、「みどりの窓口」で一皮むけた気がしましたが

どうも古典になるとまた戻ってしまっている。

惜しい気がします。

勘栄さんの「天狗裁き」は下座から見る限りは、

いい出来でよくお客さんも噺についていたようです。

しいて言えばもっと臭いくらい間を取るのもいいのかなと

思います。

次回は、いよいよ「粗忽家勘心独演会」

こうご期待。

それにしても、ロッカーの荷物は入りにくい。



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