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2017年05月 アーカイブ

2017年05月04日

音と映像

文華師匠の会の前のこと

いつも仕事で行く電器屋の女性の方からいきなり

「昨日の夜、枝雀の宿替え聴いたったたい。面白かったー。」

と言われましてびっくり。

まあ、もちろん私が落語をしているというのを聞いたので

この方も言われたのですが。

えらく感激していたので、こちらもうれしい気持ちになりました。

ね、落語おもしろいでしょう。


枝雀師匠の「宿替え」

江戸では「粗忽の釘」になるのですかね。

私の知る限り、この噺は枝雀師匠が一番だと思います。

この主人公を粗忽者の一言で片づけるととらえ方を間違ってしまう

気がします。

生で見るとそれこそ顎が外れるくらい大笑いしてしまうのですが、

音で聴く人の頭に映像を作ってしまう。

枝雀師匠の凄さを改めて感じたわけです。

ただ、DVDで見てそれが実感できるかと思いきや

DVDを見てもそれほど面白くない。なんででしょう。

「枝雀寄席」という番組がその昔ありまして、

日曜日の午後に1時間程度。前半は、毎回ゲストとの対談。

後半は枝雀師匠の落語1席。

このテレビよく笑いましたね。

だけど、今DVDで見るとそこまでないですね。

それと同じ話が文華師匠の会ででましたね。

師匠もCDは出すけどDVDは出さへんとおっしゃっていました。

「なんか見てしまうでしょ」との言葉なのかもしれませんね。

噺に入らず、噺家さんを見てします。

高座だとこれが噺に入る。

音だけだと脳で情景を描くので異常な反応が出るのでしょう。

なんか難しいですね。

そんな事考えていましたら、NHKの「落語ザムービー」春のスペシャルを見ました。

今回は「藪入り」

春風亭一之輔師匠が喋り。

映像は、父親がピエール瀧、母親が鈴木保奈美、息子が鈴木福。

感想としては非常に良かったですね。

一之輔師匠の喋りはもちろんのこと、ピエール瀧が実にいい。

息子と久しぶりの対面のシーン。

息子をまともに見れない父親の姿に思わず涙。

「藪入り」は暗い噺と思っていましたが、非常にさっぱりとした

いい噺ですね。

音と映像。ますますわからないようになりましたな。

2017年05月16日

遊び心

久しぶりの休暇で今度の仕事に使うビラ字を書きました。

100円ショップに行くと、色んな模造紙を売っております。

いつもは108センチ×78センチの紙を78センチ側を1/3に切りまして

1枚のビラとして書くのですが、

今回、試しに54センチ×78センチの紙を買ってきて

54センチ側を1/2にカットして1枚にしてみました。

ビラ字のバランスは漢字であればタテヨコの比率は1.2対1

ひらがなやカタカナは1対1

これを文字数でバランスを変えてアレンジしていきます。

ただ、いつものサイズになれているので、

今回のようにサイズが小さくなるとバランスを取るのが

さらに難しい。

屋号も「亭」は書きやすいのですが、「家」は難しいですわ。

「粗忽家」はほんと書きにくい屋号ですね。

ただ、今回は自分と勘右なのでまあそれなりに書けましたが、

色々アレンジしていこうと思います。

屋号もちょっと斜めにして書いたり遊び心はそれなりに大切ですな。


さて、夕方はその勘右の「道具屋」を稽古。

「道具屋」はほんとよくできた噺で、あれどこでも切れるようになってる

のがすごいですね。

前座噺でもあるけど、仕草も多いのでそれなりに難しい。

また、アレンジもしやすい。

でも気になったのがサゲの箇所。

私も米朝師匠の音をよく聴きますが、笛から小指が取れなくなった客に

喜公は3円50銭を要求する。

客は「なんて高い、人の足元を見るな」「いえいえ、手元を見ております。」

この3円50銭。高いか安いか、まあ伝えるのは難しいでしょうね。

古典落語で一番難しいのが「貨幣価値」の伝え方。

江戸時代の噺で1両、10両は高い。1銭は安いとお客さんにもわかりますが、

明治時代以降が舞台の噺は「円」が登場するだけにややこしい。

米朝師匠は、太平洋戦争の前と後ろでは違うとよくマクラで言っていましたし、

戦後の噺も中にはあって現代と感覚が違うところが出てきますしね。

私も「二人癖」は、昭和30年代をイメージしているので「1,000円」で

やっていますし、

「持参金」はどうですかね。大正から昭和初期でしょうか?

「持参金」をする時は「20円」を変えたら面白くないので、

必ずお金の価値をマクラで説明した上で、やるようにしています。

「道具屋」は電気スタンドなんかが出てくるので昭和の初めかなと

思いますが、

福丸さんの動画を見ると「・・・円」というのを出さない演出でしたね。

プロの方も色々アレンジしておられるようですね。

2017年05月29日

難しいですね

商店街寄席でもそうですが、

初めて出させていただく舞台はなおさら噺のセレクトに迷います。

以前、ある所で「鴻池の犬」をさせていただきましたが、

これがまったくウケなくてね。

ウケないというかお客さんがついてきていないというのがわかるんですね。

別の所でも同じ事があって、なんやろかと考えると

この噺の後半は、登場するのはすべて犬なんです。

犬が喋っているというのが伝わらないのではと考えるようになりました。

最近、南光師匠の「壷算」を聴いていて、

噺の途中で昔の壷についての説明を地噺でされたのです。

「胴切り」でも同様の演出がされていました。

「壷算」は壷を知らない人がほとんどで、そのように使っていた

とかサイズとかイメージできないだろうという所ですね。

「胴切り」はそもそも胴を真っ二つにされた人間が生きている

訳はないですよ、でもこれ落語だからもし生きていてこんな事に

なったら面白いでしょうという所。

落語は頭のイマジネーションで笑う高度な芸。

プロの噺家さんもやっていて伝わらないとなんにもならないと

感じているのでしょう。

数年前に桂梅団治師匠の「鴻池の犬」を生で見た時ですが、

たしか途中で「これ、犬が喋っているんですよ」という説明を

入れていたような気がするんです。

その時は、なんでこんな事言うんかいなと思っていましたが、

入れないと伝わらないとわかっているのでしょう。

特に上方落語は難しいですよね。

言葉も馴染みがないし、微妙なニュアンスが伝わらない時がありますね。

あとキャラクターですかね。

「喜公」のキャラ。

この前の勘右の「道具屋」を見て「喜公」の演じ方の難しさを

改めて感じましたね。

「ちりとてちん」にも喜公は出ますが、噺によってキャラはちょっと違うし。

江戸の「与太郎」とは違うんです。「いちびり」

一言で言うとそうかなと昔聞いた事があるんですが、

「いちびり」の意味さえ演じる私もよう説明できないのです。

そこが、大阪人じゃないと伝えられない所かなと思います。

大阪に初めて行った時、こっちにもあっちにも喜公と清八がいて

ボケてはツッコむ姿を見て感動さえ思いましたが、

上方落語に出てくる「喜公」はどこにでもいるボケ役の大阪人かな

と勝手に思っています。

ただ、他の人間や江戸落語に馴染んだ方々から見ると

こいつはアホ、バカじゃないのかいなと疑問に思われる。

ですから、こちらで「喜公」を演じる時はある程度

「あほさ」を強めにしないとボケが流れていきますね。

難しいですね。


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