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2013年06月 アーカイブ

2013年06月02日

天災その4

この噺が今一つ硬さを感じるのは、やはり元々江戸落語だからなのかなと感じます。
喧嘩早い主人公が江戸っ子とすれば、すっくりいくような気がします。

吉朝師匠のDVDを見ると、器用に演じられて、
主人公が心学の先生にやりこまれる流れがスムーズです。
ただ、江戸の雰囲気が感じられるので、真似をするとニンがはっきりしなくなります。

ざこば師匠のように主人公と心学の先生の対比をはっきりさせた方が受け入れやすいのかもしれません。
同じ噺でも、色んなプロの方のやり方を取り入れようとすると、袋小路となる。

「便所に入ったら名前変えた方がええぞ。」
「だれがたぬきやねん」
「天が茶出さなんだと思ってあきらめるわ。」
等はもっと受けないといけません。

つまり、主人公のキャラが浸透していない証拠ですね。間の取り方もありますが。

また、この噺は今後の宿題として再演します。(続く。えーまた)

2013年06月04日

天災その5

さて、今回でこの「天災」終了です。
全然脈略のない文章となってしまいましたが、
前回の商店街寄席の総括です。
ネタは、前回までとして、「マクラ」についての反省です。

自分がマクラを考える時、まず出番がどうなのかを考えます。
今回はトップ。
次が勘尺さん、中トリにとまと。
中入りまでそれぞれ20分なので、今回の持ち時間としてはせいぜい25分かな。
ところが、今回30分超えてしまいました。
これではさすがに長い。

マクラを短くしてネタに入ろうかと考えましたが、それはあまりに愛想がないような気がして。
以前は勘朝さんや勘々さんが一言挨拶があったので、
トップでも出やすい雰囲気があったのです。

しかし、いきなりとなるとトップのしくじりがそのまま後に影響してしまいます。
ぱっと明るくして、勘尺さんがスムーズにネタに入れる、そして「大工調べ」
をしっかり聴いてもらう。
これが、今回の役割です。

自分自身の考えでは、その落語会がよかったと感じるのは
中トリの出来です。
笑いのピークを中トリに持っていく事を考えます。

今回は、出演が4人。
いつもだと2人(中入り)2人。
ネタから大工調べが中トリ、高津の富がトリ。
そこに自分と勘尺さんが入ると盛り上げる前に中入りが入るので中途半端になりそう。

そこで、今回は大工調べの前に2人、中入り後にじっくり高津の富を聴いてもらうと思ったのです。

そこで、やはりトップでしくじる訳にはいかないし、
マクラをふらないという気持ちがかえって、だらだらしたマクラになってしまいましたね。

それか、ネタをもっと絞ってもよかったかもしれません。
5分ほど長かった気がします。
トップにしては重たい演出となってしまいました。

ただ、今回「大工調べ」も「高津の富」も非常にいい出来だったと思います。
それには、満足で、ほっと胸をなでおろしております。

とにかく、素人の落語会はチームプレイなんです。
それぞれは、独立した舞台なんですが、それぞれの役割を考えて
中トリ、そしてトリに繋げた時に「あー、来てよかった。」
と思ってもらえる落語会となるのかな。

その意味では、役割を踏み外した感があります。反省ですね。

今後の事を考えると、工夫が必要ですかね。新作落語を入れたり。
やはり、本当の「江戸っ子」や「大阪の人間」ではないので、
新作(博多の言葉)はある程度必要と思います。

あと、たまに大喜利を入れるとか。
大喜利から勉強になる事も多いので。

ということで、次回は6月22日。
こうご期待。

2013年06月07日

子ほめ その1

勘々さんのお子様が生まれたそうで、おめでとうございます。
健やかに育ってくださる事をお祈り申し上げます。

そういう訳ではありませんが、「子ほめ」についてしばらくお付き合いください。
私は、この噺を2番目に覚えました。

前にも書きましたが、当時、関学落研では最初覚えるのは「つる」。
2番目の噺は、自分で選べますが、
前座噺の中から選んで、夏合宿で発表します。

大抵は、最初に渡された「つる」のテープの裏面に入っている噺を選んでいたようです。
私の記憶では、「無いもん買い」が入っていたのを
くわがたとテープを交換して「子ほめ」を選んだ気がしますが、定かではありません。

なぜ、「子ほめ」を選んだのかはある部分が非常に印象に残ったからです。
最後、赤ん坊をほめる場面で喜公が寝ているおじいさんを赤ん坊と間違える場面があります。
「大きすぎるで。大きいだけやない、肌はしわくちゃ、白髪頭で、入れ歯がたがた・・・」
その後「それはおじいやんが昼寝してんねん。」のツッコミが入る。

聴いていたのは米朝師匠のテープだったのですが、
この「大きすぎるで。・・・」のくだりで、女性の方が大笑いしている。

つまり、今から起こるぼけとつっこみが先にわかって笑ろうてはるわけです。
こういう勘のいいというか、想像力のあるお客さんの前でできるから
落語は楽しいのです。
笑いは、する側と聴く側の共同作業なんですね。

よく、テレビでいかにもわざとらしいほど大笑いするお客さんが映りますが、
哀れさえ感じます。
まあ、テレビで共同作業自体難しい話ですが。

とにかく、その感覚を味わいたいという気持ちが強くて「子ほめ」を選んだ気がします。(続く)


2013年06月09日

子ほめ その2

久しぶりに吉朝師匠の「子ほめ」を聴きました。
いいですね。相変わらず端正な語り口と意表を突くくすぐり。
惜しいですね。もう生で聴けないとは。

さて、1年生の夏休み。この「子ほめ」を覚えました。
昭和60年の夏。
初めて過ごした関西の夏は大変暑かったです。

最高気温37とか38度。福岡では経験したことのない
まとわりつくようなべっとりした暑さ。

この年は、阪神タイガースが快進撃を続け、大変な盛り上がり。
とにかく、「阪神タイガース」のロゴが入っていたらなんでも売れた。
ビールでも、車でも。

あと、日航ジャンボが墜落したのもこの年で、
色んな事があった昭和60年。思い出の年です。

暑いので夜遅くから友達の家に行って朝まで喋っていましたな。
テレビ見たり。
当時、MTVが流行っていて、「TAKE ON ME」のビデオ見て感動していました。

さて、「子ほめ」は最初米朝師匠で覚えていましたが、
その後、先輩から枝雀師匠や雀司(後の文我)師匠のテープをダビングしてもらった。

これがいけなかったのでしょうか。
この噺がわからんようになってしまいました。
小手先のギャグを入れまくるのがよしと考えてしまいましたね。

まぁ、若いというか、落研に入ると陥りやすい罠ですな。
よく、洗剤を買うとパッケージに「混ぜるな、危険」って書いてあるでしょう。
あれです。
素人の場合、色んな噺家さんの音を聴いていいとこ取りしようとよく考えますが、
混ぜるとその噺のポイントやニンが逆にぼやけてしまいます。

この「子ほめ」もそのような結果となるのでした。(続く)

2013年06月12日

子ほめ その3

最近、仕事が忙しくてネタ繰りができません。とほほ。

さて、前回からの続き。
大学1年の夏休み。まずその長さに驚きました。
2か月以上も。

しかし、2週間近くバイト先が見つからず、焦っていました。

大学に入って色んなバイトをしました。
まず大手ステーキハウスのホール係。
これは、しんどい割に時給が安く、しかも土日落研の行事が入るので、
2週間で辞めました。

その後、スポット的に競馬場でのゴミ拾い。
これは時給がよかったんですが、
やはり落研の行事優先で、辞めました。
また、交通量調査なんかも。

そんな時、先輩から電話があってスナックのウェイターのバイトに行く事になりました。
なんでもまず2年上の先輩が、ゼミのコンパで相撲を取って足を骨折した。

先輩は、昼は百貨店、夜はスナックのバイトをしていて、
百貨店は落研の人間が何人かいたのでよかったんですが、
スナックは替りがいないので、別の先輩を紹介した。

けど、その先輩は酒が全く駄目で、馴染めないので2、3日で辞めたいと言われたらしい。
そこで、ぶらぶらしていた自分に回ってきたようです。

堺筋本町の小さな雑居ビルの5F。
そこにある小さなスナック。

ちょっと不安でしたが、そのママさんが長崎の五島出身で、話があいました。
そんなんで、はじめて経験する夜の職場は面白かったですね。
夜6時に入って11時まで、交通費入れて1日5千円。

土曜日なんか忙しくなると残業で1時くらいまで。
残業すると、その後食事に連れて行ってもらったり、カプセルホテル代もらったり。
サパークラブなんとかいう女の人がステージで踊ったりする店に
連れてもらったりしてなんか大人になったような気がしたもんです。

お金もよかったんですが、なんと言っても社会勉強にはうってつけでした。
サラリーマン、自営業の方、会社の社長さんなど色んな人がやってくる。

狭い店で、カウンターに7,8人。あとボックス1席。
ママの他に若い女性のアルバイトが2人が交替で出勤してきます。

この女性やママを目当てに多くの男性が来ますが、日によっては
どちらも相手ができない時がある。
こんな時が困ります。

当時、流行りだしたDVDカラオケ。
今は通信が当たり前ですが、当時は大きなDVDを機械に入れて
曲を流していました。

歌が好きな人だったら、まだいいのですが、
それも嫌な人だったら、話相手をしないといけません。

その人の好きな話題や興味のある事を話しながら、探す訓練ですな。
これが、舞台でのマクラを振るうえで大きな勉強になりました。

そんなんで、1年の夏休みが過ぎて8月の下旬。
いよいよ、初めての夏合宿が始まりました。(続く)

2013年06月16日

子ほめ その4

当時、関学の落研には合宿が年2回ありました。
夏休みと春休み。
夏は10日間、春は1週間。

これを言うと、聞いた人は必ず「えっ、何すんの?」と言います。
確かにね。

ところが、落語はただ喋るだけではありません。
お囃子もあれば、寄席文字もあります。
することは色々とあるんですね。

1年の時、自分の荷物以外に太鼓や見台、膝隠し、名ビラ立てなんかを持って
集合場所へ向かいました。梅田のバス乗り場。

1年生から3年生おおよそ30名が集団生活。
貸切バスを1台借り切って一路信州へ。
行く先は、長野県の戸狩。
冬はスキー場として有名な所ですが、夏はそんなに泊まる人もいないのでしょう。

民宿は、格好の合宿場となったようです。
「スマイル太田屋」
これが民宿の名前でした。

行く前は「とにかく、凄い所やねん。行ったらわかるわ。」
どんな所と聞くと先輩は皆、口をそろえて言いました。
「食うもんがびっくりすんで。」「みそ汁にきゅうりが入っとんねん。」

今やったら、ネットなんかで調べるのでしょうが、
そんなもんのない時代。
想像だけが突き進みます。

しかし、行ってみると別になんともない民宿。
ご飯もおいしいし、何しろ大勢で過ごせる楽しさがありましたね。
休憩時間に松田聖子を聴きながら「あー、赤いスイートピー、ええな」
なんか言いながら・・・  いい時代でしたね。

さて、合宿は
1日目 夕方に民宿に着いてミーティング
2日目~4日目
午前中   お囃子、寄席文字 パートに別れて稽古
午後    班に別れて落語稽古 一応浴衣に着替えて稽古です。
夜      大喜利やゲーム大会

5日目~7日目
2年生と3年生の発表会
当時24,5人はいらっしゃったので、3日間1日平均8人程度、
落語を聴きます。
朝、昼、晩。2、3席づつ。
もちろん、お囃子も入れて。

その後、批評があります。容赦ないツッコミが入ります。
内浜の批評なんか屁みたいなもんです。
その後、喧嘩になるくらい。皆、真剣でした。

笑いの少ない噺が続くパートは「死のロード」と呼ばれていました。

でも、1年生の時見た先輩達の落語は皆凄かったですね。
特に、今プロとして活躍されている文華さん(当時は美月家バットさん)の「舟弁慶」
恐ろしく上手かったですね。
まるでダルビッシュのピッチングを見ているような。

会長の笑南さんの「源平盛衰記」、殺ん坊さんの「寄合盗人」。
思い出一杯ですな。

8日目
つかの間の休息で、近くの湖の公園にピクニック。
そして、夜の恒例の洗礼。(これは秘密のあっこちゃん)

9日目
ついに1年生の発表会。
この時、ブレイクしたのはぱせり。
「ちりとてちん」は絶品。
この前、大学落研選手権を見ましたが、全然ぶーぶー。
あんたら、学生なんやろ、若いんやろ。
ぱせりは普段は女学生やったが、舞台では凄かった。

それに比べると今の方はおとなしいですな。

さて、この舞台で「子ほめ」をやったんですが、
先輩達の落語を見て何か意表つかなあかん思たんでしょうな。

金鳥の「キンチョウール」を持って
「今日は緊張したんで、キンチョウールを持ってきました」と切り出したんですな。
もちろん、会場は静まり返りました。

その後もしょうもないギャグを入れてはずしまくり。

鈴虫さんの批評がききました。
「もっと、普通にやってもらいたかった。」

しっかり噺に向き合う、相撲で言うたら四つに組むと言いますか、

堪えましたね。

そして、その後も「子ほめ」を引きずってしまうのでした。(続く)


    

2013年06月20日

子ほめ その5

なんだかんで1年生の夏合宿が終わりました。
最後の打ち上げでは、3年生を1人づつ胴上げして号泣でしたね。

さて、夏休みが終わり、落研は学祭、落語会とその年のクライマックスを迎えます。
また、阪神タイガースにいよいよマジックが点滅、大変な盛り上がりです。

ただ、その年は、学祭の開催で生徒会が大もめ。
開催見送り派の生徒と開催派の生徒で大論争が起きていました。
もちろん、落研は開催派。
学際の盛り上がりを知っている先輩から色々話を聞いていただけに、心配でなりません。
しかし、スケジュール的に開催は難しい時期になっていました。

一方、落語は「子ほめ」で受けたダメージはなかなか癒えていません。
あいかわらず、松田聖子や小泉今日子を聴きながら打開策を考えていました。

そんなある日、西宮の市民文化祭?だったと思いますが、
会長の笑南さんと2人で出演しました。

笑南さんは、当時関学落研には珍しく江戸落語でした。
「さわやか笑南」と言われたほど、ルックスは男前。(加藤茶に似ていると言われていましたが)
出身が千葉という事で江戸落語。
えらくシティーボーイ(古い)のような感じですが、
バリバリの阪神ファンで、浴衣はタイガースのロゴ入り。
私生活は、冷蔵庫に名前を付けるなど、ちょっとユニークな方でしたね。

たしか、私が「子ほめ」をして笑南さんが「火焔太鼓」か「たがや」だった気がします。
夏合宿では、こけましたが、「子ほめ」やしね。
「すべる事はないで。」と皆から言われて、「なんとかなるやろ。」と思いながら、
舞台に立ちました。

そんなにお客さんはいませんでしたが、10人くらいはいてたと思います。

ところが、全く受けない。反応がない。
「なぜ?」「なんで笑わないんだ?」
最後の子供をほめる場面でもくすりともしない。

打ちひしがれるように舞台を降りました。
その後、袖から見ると笑南さんはしっかり笑いを取っていました。
「この差は一体何?」

笑南さんの舞台が終わって、阪急の西宮北口まで歩いて、
当時は駅のそばに西宮球場がありましたが、その近くの喫茶店に入りました。

そこで、笑南さんとお茶飲みながら、ミニ反省会となりました。
笑南さんは、言葉を選んではりましたが、相当きつい事言われた気がします。
とにかく、この1年生が2年後は幹部になる。
その危機感を強く持たれたのでしょう。

「関大の乱坊なんか、1年やけどすごかったぞ。自分、負けてるよ。」

私の代は、当時6人で、男4人女2人。
女は両方とも関西出身でしたが、男は和歌山出身1名で後は私を含め関西以外の出身。
しかし、関学の看板をいずれ背負わなあかん時が来る事を知りました。

言葉の壁はあるし、「あー落研なんか入らなければよかった。」
「どーしたらええんかな。」
悩みつきない1年の秋でした。

そして、とにかくウケたい一心でたどりついたのが「手水廻し」だったのでした。


2013年06月23日

お巡りさんはお人好し

昨日は、商店街寄席でした。
「鴻池の犬」を初めてかけましたが、やはり難しい。

「鴻池」というブランドは、この時代では、また福岡では伝わりにくい感じがします。
本当は、前半部分も面白いのですが。
ただ、ヒントになる事を思いつきましたので、今度試したいですね。

あと、勘楽さんは上手いですね。上方では大トリ前の出番を「モタレ」と言ってましたが、
最高のモタレやったですね。あんまり大盛り上がりしてはいけない、
かといってすべる事はできない。
非常に難しい出番です。
あの終わり方は最高ですね。

さて、今日は「お巡りさんはお人好し」について書きます。
この噺を福岡で知っている人はまあいないでしょう。
桂小春団治師匠の創作落語で、今から30年ほど前の作品です。

この当時、桂小春という名前で、創作落語を積極的に手掛けられていました。
「冷蔵庫哀詩」や「アーバン紙芝居」は、DVD化されていますので、ご存知の方もあると思います。

この噺を初めて聴いたのは、1年生の時で、先輩の次郎蝶さんがやってはりました。
次郎蝶さんは、「間」の取り方とその表情がうまくて、非常に勉強させて頂きました。
また、プライベートでも飲みに連れて行ってもらって大変お世話になりました。

この「おまわりさん・・・」もその間の取り方が面白くて一度やりたいと思っていました。

ストーリーとしては、あと1日で5年間事故や事件、交通違反がない記録を達成する警察署があって、
その署内のおまわりさんが記録達成のため、悪戦苦闘するものです。

いかにも、大阪らしい、吉本の芝居にもありそうな噺です。

前々から探していたのですが、動画になく、CDはあるんですが廃盤となっています。
昨年、大阪に行った時、中古レコード屋さんをあたりましたが、やはりありません。

そこで、勘尺さんに相談していたところ、なんと映像が手に入ったとの連絡がありました。
早速、頂いた映像を見ましたが、その懐かしさに感激しました。
また、今でも十分面白い。

よく、創作落語は時間がたつと時代に合わなくなって面白さがなくなるケースがありますが、
ストーリーがわかりやすく、面白いと時代が変わっても伝わります。

商店街寄席は、あまり創作・新作落語は出ませんが、これなんかいいかもと
思っています。

是非、商店街寄席でやりたいですね。
あと「ハンカチ」も。

2013年06月27日

すすめ!パイレーツ

久しぶりに膀胱の(違う違う)母校の落研のHPを見ました。
はー。今の人はこんなの得意やね。立派なもん。
そして、新入生が17名も入っている!

信じられない。

昔は、本当に少なかったのに。

私たちが落研におった時は、漫才ブームから5年くらいたってたので、
そんなに入ってこなかったのでしょうか?

落語をする前からお笑いには関心がありました。
漫才、コントetc

そんな中、漫画やアニメも非常に影響を受けました。

それが落語にも大きなヒントとなったような気がします。

ジャンプやチャンピオン、サンデー。
少年漫画も読みました。
ただ、そんなに小遣いもないので、
印象に残った漫画を後から単行本で買って読んでました。

「タッチ」「ナイン」「きまぐれオレンジロード」うーん、結構ミーハーや。

後に自身の落語に影響したと思えるのは「うる星やつら」と「すすめ!パイレーツ」でしょうか。
特に、「すすめ!パイレーツ」は、バイブル的な感じがします。

この本は、江口寿史氏が描いたもので、
ベースというか舞台は、野球漫画なのですが、野球とは関係のない話も多く、
何度も読み返していました。

当然「ボケ」と「ツッコミ」がありますが、
影響を受けたのはその表情です。

同じボケでも顔を違う描き方をすると面白さが倍増する。
これに気がついたのは、随分後になってからですが、
自分で落語をする時にこういう顔でボケた方が面白いちゃうか
と思えるようになりました。

また、今振りかってみると、江口さんも落語に影響を受けたのではと思えるものもありました。

ある回で掲載された話です。

ある中華料理屋、どこにもあるような庶民的な店です。
そこに初老の男性が入ってくる。

彼は、壁に書いてあるメニューからまず「ラーメン」を注文します。
そして、出てきたラーメンをスープまで残らず食べたんですな。

食べ終わって、すぐ「チャーシューメン」と注文した。
店の大将も「えっ」と言ったんですが、よく食べる方かなと「へい、チャーシューメン一丁」
と作り出す。

男性は出てきた「チャーシューメン」を食べる。
「いー食べっぷりだね。」と感心しながら店の大将が見ていると、
食べ終わった男性は「チャーハン」とすかさず注文したんです。

ここから、店がざわめき始めるのです。

その男性が次々と注文し、大将が慌てて作る。
その時、店の従業員がメニューの端から頼んでいる事に気付いて、
男性と店の大将と対決モードとなっていきます。

そのうち、噂を聞きつけて、近所の人が見に来る。遠い所からも大勢人が駆けつける。
テレビも中継し出す、っといった具合で
大変な盛り上がり。

結局、男性は最後のメニューも平らげ、ヒーローインタビューを受けながら、
一同感動の涙を流します。

その後、男性が皆に見送られながら、最後に店の主人が一言。
「食い逃げだ。」
これが落ちです。

落語をして気付いたのですが、これ「時そば」「時うどん」やん。
話の立て付けは無論違いますが。

今のジャンプを読みましたが、読むこと自体できません。
僕らには目がチカチカする漫画ばっかりです。

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