メイン | 2013年06月 »

2013年05月 アーカイブ

2013年05月04日

田楽喰い

みなさん、はじめまして楽狐です。
今日から連載をスタートします。なんか緊張しますな。

ここでは、落語についての思い出やネタについて書きたいと思っていますが、何分江戸落語は全くの素人ですし、福岡ではなかなか寄席に行く事もできませんので、内容におかしい所がご

ざいましたら、ご容赦ください。

それでは、まず第1回目は私が落語を初めて聴いた「田楽喰い」(ん廻し)について書きたいと思います。

昭和60年(1985年)4月、関学の落研「甲山落語研究会」に入会し、私の落語人生はスタートするわけですが、その2か月前受験の時に落語との関わりが始まっていました。

同年2月、受験の日の前々日、神戸のホテルで風呂に入った後、テレビを見てたら当時「花王名人劇場」という番組をやっていました。
この番組はフジTV系列日曜日午後9時からの1時間番組で、漫才・落語などやっていました。
その時やっていたのが、米朝師匠、故枝雀師匠、べかこさん(現在の南光師匠)の落語会。通常と逆の出番で米朝師匠「田楽喰い」、枝雀師匠「上燗屋」?、べかこさん「ちりとてちん」

の順番だったと思います。

この米朝師匠の「田楽喰い」を聴いてお笑いしました。後半の「ん廻し」だけでなく、兄貴の所に行くまでのやりとりなど、面白い噺やなと思っていました。

その印象が残っていたのか、4月になって学校の正門前に落研の会員募集立て看板に引き寄せられるように入会することになりました。この看板も本当にいい感じやったんです。

さて、この「田楽喰い」ですが、学生時代覚えた時は20分以上あったように思います。冒頭は「寄合酒」と同じ入り方で、兄貴の家に入るまでのやりとり、そして「ん廻し」の部分。
米朝師匠も面白かったですが、雀々さんのテープを聴いた時は衝撃的でした。「電線にでんでん虫が感電死。電電公社に電話せんでん、10本~」なんかね。
同じようにやればウケルと思ってやりましたが、全然うけなくて。やはり雀々さんは凄いですな。

ただ、最近雀々さんの「田楽喰い」を探してCDを聴きましたが、前半を大幅カットして「ん廻し」だけでやっていました。やはり全部をやるとだれるのでしょうか。
今でも通しでやっている噺家さんもいるのでしょうが、なんせ上方落語の情報が少なくどうしようもありません。
昔の米朝師匠の音が入手できたらやりたいと思いますが、もう一度チャレンジしたい噺です。

つる

落研に入ると最初に覚えるのは「つる」という噺でした。
テープを渡されましてとにかく覚えというわけです。どうやって覚えるかは自分の勝手。誰も教えてくれません。
最初は、よくわからずテープを聴いてノートに書いて覚えました。
後に、ひたすら聴いて覚えるというスタイルになりましたが。
テープはもちろん米朝師匠。「落語はけったいな奴が飛び込んでくると噺のはじまりになっておりまして」
とすぐにネタに入る。

この「つる」。聴いたことのある方はご存じでしょうが、単純な噺。
喜公が甚兵衛さんからうその鶴の名の由来を聞き、友達に言いふらすのやけど上手くいかない。
「後で雌が、雌が」「おい、雌はどないしたんや」「だまーって飛んできたんや」でサゲとなる。

しかし、この「つる」はやればやるほど、難しいんです。
米朝師匠の本を読むと、先代の米団治師匠は落語のテクニックがすべて入っていると評したとある。
なるほど、今考えると様々なツッコミが入っていて間の取り方の勉強になります。

特に、喜公が友達の家に行き、鶴の名前の由来を教えようと「教えたろか?」と言うと「教えていらん」と返される。ここが、米朝師匠で聴くと面白いけど、上手くいかない。
仕草も入るし、テクニックとしては高度である。
1年前に久しぶりにやってみたが、やっぱり難しかった。ちっとも上手くならない。

さて、この「つる」は1年生全員が最初にやるので、落研ではあまりウケないし、飽きていました。
そんな中、昭和61年頃、関西の落研選手権みたいのが西宮であってそこに関大の4年生の方(うるふさんやったかな?字も忘れました)がこの「つる」をやって優勝しはった。

その時、あーこの噺って面白いんや、やり方なんやなと感心した。
最初の、喜公が派手に上がる所でクラッカーを鳴らしたり、
喜公が、甚兵衛さんから鶴の名前を聞いて言いふらそうと飛び出す時に、甚兵衛さんから「やめとき、うそや」と言われて「わかってまー」という台詞を入れたり、違う演出もありました。
しかし、実に間の取り方が上手かった。

まあ、この「つる」で大爆笑が取れたら、それなりに上手くなったという事でしょうか。

2013年05月08日

親子酒

このブログも第3回目でございます。
なかなか気の利いた事も書けませんが、昔の思い出話に今日もお付き合いください。

昭和60年4月、大学落研に入って刺激的な毎日が続きました。
さて、落語を聴きだすと実際に寄席に行きたいと思うようになりまして、情報雑誌「Lマガ」を見て行けそうな寄席を探しました。

その中で、目を付けたのが「島之内寄席」です。これは、昭和47年、笑福亭松鶴師匠(6代目)の声掛けでできた寄席で、一門を超えて協会所属の噺家さんが出る落語会です。
最初は島之内教会であったので「島之内寄席」となっていますが、その後場所は転々としながら今でも続いている落語会です。
当時、場所は料亭の「暫亭」でしたので、「島之内寄席・暫亭」と表記してたように思います。
なんせ、値段が安く、学生はたしか800円だったと思います。会場までの交通費や食事代を考えたらなるべく安く多くの落語が聴けるのは魅力でした。

同じ1年生のくわがた(これ芸名です)と一緒に行くと、(これは彼が録音機能付きウォークマンを持っていたんで、録音係だったんですが。)料亭ですから、木造の建物で表に提灯が出ていてなんかいい雰囲気。中に入ると下足番がいて木の札をくれました。2階に上がるとお座敷に座布団が敷いてあって好きな場所に座っていい。

大体、30人くらいは入っていたように思いますが、初めて見る生の落語会は刺激的でした。当時は、本当にテレビに出ている噺家さんしか知らなかったですが、7席くらいは聴けたような気がします。

2回目に行った時、暫亭に行くとなんとあの6代目松鶴師匠が座って団扇を仰いでいました。くわがたと二人えらくビビって「おはようございます」と言いながら受付をしようとすると、くわがたが学生証を持っていない。「わぁー、忘れてもうた。なんとかなりませんか?」と言っても受付の女性はうんと言わない。その時松鶴師匠が振りかえって「かまへん。わしが許す」と言ってもらいました。

思わず、二人「ありがとうございます。」とお礼をいいましたが、当時18歳の学生にしてみりゃ感激ですよね。あの6代目の肉声を目の前で聞けた、会話できた。これは一生の思い出です。

で、落語会のトリに、その松鶴師匠が出てこられたわけですが、何の噺かよくわからない。この翌年お亡くなりになったので、この時かなり言葉が分かりづらくなっていたようです。慣れたお客さんは笑ってはりましたが、私らはさっぱりわからなかった。これも一生の思い出です。

落語会が終わった後、出口で待っていると枝鴈さん(後小松さん)が出てきてので、「松鶴師匠のネタは何だったんでしょうか?」と聞くと、「さー、たぶん親子酒やと思うけで、僕らにもわからへんねん。」と笑っていました。これが、落語の面白さなんでしょうが、それ以来「親子酒」は謎でした。

その後、2年くらいたって1年後輩の天一坊が春合宿でやって、あーこんな噺やったんかとわかった訳ですが、やっぱり酒ネタは酔い具合がむずかしいですね。
これは、テクニックもそうやけど、年齢を重ねないとできない、酔ったように見えない気がします。演技で酔っているとわかればその時点で見ている側は離れてしまう。
枝雀師匠の「親子酒」も聴きましたが、凄すぎて、自分の中で手をつけれないと思っています。この「酒ネタ」というのは。

2年前に文華さんが福岡に来られた時にCDを手に入れる事ができて「あーやりたい」と思ったんです。
やっぱりサゲがいいですよね。「いるかいー、こんなぐるぐる回る家」
普通に言ってもいいし、枝雀師匠みたいに絶叫してもいいし。
一度できたらいいですね。

2013年05月12日

芸名

落語研究会という所は、想像もつかない事の連続でしたね。
まず、「落研」を見学しに昼休みにミーティングをしている文学部そばの切り株に行くと、数十人の人がいて、「あのー」という言葉を発するやいなや「わおー、新入生!新入生!」とほぼ全員が踊りだし、
「はい、はいー、自己紹介!」とここまでわずか数分の出来事。

それから、食堂から喫茶店、練習、晩御飯と一日中先輩と行動を共にする。
この空気になじんだ人間は、抜け出す事は容易ではありません。
もーすっかり、洗脳されるわけです。

ただ、名前は本名で呼ばれるので、この時はまだ「お客さん」。
身も心も「落研」となるのが「新歓コンパ」です。

場所は六甲山の上の宿泊施設で、泊まり込み。
たしか、すき焼きやったと思いますが、始まりは普通。
それが、一気にヒートアップするのが「芸名発表」なわけです。

芸名は、「○○亭××」というように名前の前に屋号があります。
関学落研には、6つの屋号があって、それぞれその屋号しかない名前がありました。
櫻鶯亭(おうおうてい)-「蝶」のつく名前、虫の名前
四笑亭(よんしょうてい)-「笑」「丸」「楽」のつく名前
美月家(みつきや)-カタカナの名前
和朗亭(わろうてい)-ごろのいい名前、「坊」のつく名前
五月家(さつきや)-女性。ひらがな。
華乃(はなの)-同じく女性。ひらがな。

それぞれ、カラーがある訳ですが、芸名発表で同じ屋号、同じ名族の先輩としては後輩ができるというのは、うれしいもんで芸名発表は異様な盛り上がりを見せました。

板の表と裏にそれぞれ「屋号」と「名前」が寄席文字で書いてある。
これを、時の会長が「○○君の屋号はー、△△亭!」と叫ぶと「△△亭」の先輩が「△△亭!△△亭!」と踊りだす。その後いよいよ芸名の発表で、発表された新入生は一気飲みをする。
そんな感じです。

それ以降は、どこで会っても芸名で呼び合う。知らん人からしたら変な感じですな。
桃山学院大・大産大に甲殻類三兄弟というのがいて「いか」「えび」「かに」やったと思いますが。

桃山の落語会に行った帰りに「いかはうまかったな。かにはうーん。今度えびいこうか。」
なんてね。
でも桃山さんの芸名はもっとえぐい名前がありましたよ。「地獄家おっさん」さんとか「カレー男爵」さんとか。しかし、面白さは半端なかったですね。凄かった。
まあ、名は体を表すと言いますが、その点今の落研の方はおさまった人が多くなりました。おとなしいというか。寂しいですな。


2013年05月14日

喫茶店

福岡から出てきての一人暮らし。まさに異文化。不思議な光景だらけでしたね。
まず、水が合わない。
1週間水を使うと、見る見るうちに手の皮が剥げていく。
よっぽど、カルキが入ったんでしょうが、生水はしばらく飲めなかったですね。

食堂に入ってもそう。お好み焼き定食って何?
お好み焼きをおかずにご飯とみそ汁。
うーん不思議な感じ。

梅田に行くと、動く歩道がある。何だこれは?エスカレーターが平らになって、その上をさらに早歩きしている。

落研の風習?も最初は慣れるのに大変やった。挨拶は何時に会っても「おはようございます。」別れる時は「お疲れ様でした。」
名前はすべて芸名で呼び、「御免(ごめん)さん、すんません」「くわがた、唐揚げすきやな。」など傍から聞いてらなんのこっちゃわからん。
練習のはじめにある発声。おる人間が円になって「あ、え、い、う、え、お、あー、おー」って具合にするのですが、「はーい、発声練習はじめます。まるくなって」と一人が言うと、他の人間は全員体を丸くする。すると呼びかけた人間が「違うがな。」と突っ込む。「輪になって」というとワニの格好をする。

しかし、田舎から出てきて、ホームシックになりそうになったけど、落研という世界から
救ってもらった気がします。
とにかく、しゃべる、会話する。

今考えると、よく喫茶店に行きましたね。いくらやったですかね。そんな高い値段じゃなかったと思うけど、そこでしゃべるわけです。
その時は、何も思わなったけど、これが結構いい経験になってますね。
福岡と違って関西では話に「オチ」がないと許さない。
これを意識しながら話をする訓練のような気がします。
「えっ、それってオチは?」
「その話をする時、こっちを先に持ってきた方がええで。」すぐ指摘される。
これが、「マクラ」につながるし、落語の演出にもつながる。
考えて話をする訓練ですかね。

昨年秋、久しぶりに大阪に行って喫茶店に入りましたが、大阪の方は喫茶店でよく話をします。
賑やかな気がします。コーヒーに砂糖やミルクを入れるのにも色んなツッコミが入ります。
「あんた、入れすぎ違うか」「わー、またミルク垂れてきた。」

その点、福岡の喫茶店は静かですね。

2013年05月19日

貧乏花見

昨日は、どんの落語会でした。
ここにお越しになるお客様は、温かい方ばかりですが、長年落語を聴いておられるので、結構厳しい舞台です。
番組は以下のとおりで
「大工調べ」 とまと
「鴻池の犬」 楽狐

この落語会の前、稽古会でとまとの「大工調べ」を聴きました。
稽古会では緊張のせいか、早口になって言葉が聞き取りにくかったですな。

でも、「どん」ではゆっくり喋るようにしたのか、聴きとりやすくなっていました。
お客さんの反応もまあまあで、よかったんじゃないでしょうか。
そして、「どん」のお客さんの中にとまとの落語のファンの方もおられて、しっくり舞台になじんでいました。あー、とまとも実力が付いてきたなと思った次第です。

さて、「大工調べ」を聴きながら、女の子には古典落語でどんな噺がいいんだろうと考えていました。
大学落研時代、女性の人はそれなりにいましたが、女性とのギャップを全面に出す人が多くてびっくりしました。
こんな若くてかわいい女子大学生がこんな激しい落語をする。

福岡で、何回か女子落語を見ましたがあんまり女性を捨てた落語にはお目にかかりません。

大学時代、同期で「ぱせり」という女の子がいました。普段はおとなしいが、激しい落語をしてましたな。1年夏合宿の「ちりとてちん」は今でも印象に残っています。
かわいい顔をしながら、「アナゴ?畑を飛んでる、あっ、そらイナゴ」
なんて喋る。ギャップを感じさせて笑いを取る。

また、女性らしさを残しながらも、「かわおもろい」落語もありました。
1年目の時、2年先輩だった「ばんび」さんの「貧乏花見」です。

ルックスは、飛行機の会社に入られるぐらいやから、非常にかわいい人でした。
けど、話してみたら結構天然で、おもしろい。
それが、「貧乏花見」のキャラにあっていたと思います。

長屋の連中が、朝に雨がふって、仕事に出そびれたため、花見でも行こうかとなるんですが、
家にある食べ物を持ち寄ってシャレを言い合う所が非常に面白く、好きな落語です。
ご飯の焦げたのを釜底にあるから「かまぼこ」ならぬ「かまぞこ」としたり、
「たくわん」(噺の中では「こうこ」と言っています)を色が似ているから「卵焼き」としたり、
貧乏ながらも明るく生きようとする大阪の人の心意気が感じられる噺です。

これが、「ばんび」さんのキャラにあってたんですな。
女の子がやってもそれを感じさせない面白さ。
ですから、ネタ選びは男性以上に難しいですね。

あと、「まくら」ですね。
とにかく、大阪の女子落研の人は、まくらが面白かった。
まず、お客さんを引き寄せる力がありましたね。

「えー、江戸っ子てのは~」と若い女の子が始めるとやはり違和感があります。
もっと、普段の話をして「オチ」を意識した「まくら」を振る訓練が必要かなと感じます。
もし、「まくら」が難しいと思ったら、一度新作落語をやってみてもいいかもしれませんね。
なんか、ヒントがあるかも。

まあ、とまとがどう変わるか楽しみにしておきましょう。

2013年05月22日

天災その1

いい天気が続きます。
今度の土曜日は商店街寄席です。
ぜひ、皆さまお越しください。

さて、今回「天災」という噺をする予定なんで、この噺について書いてみます。
大学時代、この噺は落研では人気の噺でした。
ストーリーもわかりやすいし、そこそこウケる。
各学年に1人は持ちネタとしてありました。

私も、4年生の時に桂ざこば師匠(当時は朝丸師匠)のNHKのTVを録画して覚えました。
ざこば師匠に合った噺で、この師匠のために作ったような気がしました。
覚えたVTRのものは、今考えればショートバージョンだったかもしれません。
15分くらいのものでした。
ざこば師匠を意識したキャラづくりで、まあまあウケたような記憶があります。

その後、3年前の商店街寄席でやらしていただきました。
この時、商店街寄席初高座だったんですが、
20年ぶりの高座だったので、わかりやすい方がいいかなと選んだのですが、
やはりブランクは大きくて上手くいかなかったのを憶えています。

それと、その前に桂吉朝師匠(故人)のDVDを買って、それをシャッフルしようとしたのですが、
やはり上手く行かなかったですね。(続く)

2013年05月25日

天災その2

仕事が忙しくてちょっと間が空きましたが、「天災」について続編です。
今日、商店街寄席がありました。
その内容については、また続編で書きます。

さて、ざこば師匠で覚えた「天災」ですが、
八五郎が心学者に諭される過程が今一つ上手くいかないのと
八五郎が、教えてもらった「天災」を友達に話す時のぼけの中で、
「河内音頭」を歌う箇所がよくわかりません。

そこで、吉朝師匠の「天災」を聴いて一度リニューアルしようと思いました。
しかし、同じ「天災」でも何か違う噺に聴こえるのが、落語の面白い、難しい所です。
違う粘土を混ぜた時のような妙な違和感が残りました。
八五郎が諭されていく所は自然な感じがしますが、八五郎がおさまり過ぎたような気がして
いい人になった気がするのです。

内浜の商店街寄席で、はじめてこの噺をかけた時、イメージと違う反応に少々戸惑いました。
もっと直接的なウケを予想していたのですが、そうではない。
重たい感じがしました。
(続く)

2013年05月31日

天災その3

仕事が強烈に忙しくて、しばらくぶりの書き込みです。
近頃は、忙しくなると目が痛くなります。
昨日も、右眼がかすみだして、眼鏡を取ってこすってみましたがあきません。
目薬を買おうと通りすがりの薬局に入りました。

薬局に限らず、たまに店に入ると「この店は、入ったらだめだ」という気持になる事がありますな。
なんか、不気味というか、嫌な事が起りそうな。
その店もそうでした。

でも、疲れていると「あーでもいいわ、あー引き込まれて行く」
ってな感じで、身体が勝手に引き込まれてしましました。

まず、入ると商品が少ない。ここは、学校の購買部かと思うくらい、
後ろの壁がよく見える。
「疲れ目にはこれ!」なんて書いた手作りの広告も全くなし。
なのに健康食品のPRビデオが大きめの音量で放映されている。

「うー、あのー、目薬ありますか?」と聞くと、
お客さんかと思っていたじーさんが振りむいて「はあ?」

胸元が黄ばんでいる水色のカッターシャツを着たじーさん。
「あ、目薬?目薬ね。ここにありますよ。」

そのじーさんが手にしたのは、「コンタクトレンズ、乾き目の方」
「こんなの、いいじゃないですか、へへ」
へへは、えーねん。
「これ、コンタクトの人用ですよね。」
「はあ、あー眼鏡してましたね、へへ」
へへは、えーちゅうねん。
「ちょっと、待って。えーどれかな?」
じーさん、その横にあるがな。スマイル40があるやん。疲れ目にこれって書いてあるやん。
「その、横にあるやつでいいです。」
「はあ、あー、これがいいの。へへ」
へへ星人の使いか。

「これでいいですか?」
値段を見てみると、シールにスタンプみたいな数字で760円って書いてある。
「これでいいです。へへ」
うつってるやん。

レジに行くと、じーさんが商品に貼ってあるシールを見て
「あー、7百、あー、6、8、あー780円ですね。へへ」
そこで、すかさず「760円って書いてありますよ。」
と突っ込むと眼鏡を動かして「あー、本当。780円です。あー見えにくいな。へへ」
あんたが目薬買わんかい!

ちょっと、べたべたした感じのする目薬を持って店に出た。
「あー、なんで先週この店に入らんかったんやろ。マクラで使えたのに。」
(そして天災は続く)


About 2013年05月

2013年05月にブログ「らっこの独り言」に投稿されたすべてのエントリーです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

次のアーカイブは2013年06月です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type 3.32